おすすめの本

2021〜

毎年、月刊みすずの1・2月合併号で、その年に読んだ書物のうち、とくに興味をもったものをあげています。

ここでは、その読者アンケートを転載しています。みすず書房さん、おゆるしを!

2022

日頃気にせずに食べているものも、実はさまざまな工夫が施され、色や見かけを変えていたりする。味だけで食べ物を選んでいるように私たちは錯覚しがちだが、色や見かけによって売れ行きは全く変わる。だから消費者の選択は、着色料の使用はもちろんのこと、作物の育て方にも、スーパーでの商品の並べ方にも大きな影響を与えている、自然なオレンジ色も、自然なバター色もないのだということをつくづく思い知らされた。

多和田葉子や大江健三郎らの文学作品を題材に、トラウマと物語の関係について丁寧に読み解いている。副題に「クイア・フェミニズム批評の可能性」とあるとおり、文学の読み方は、さまざまなマイノリティに開かれている。それは作品に従来持たされてきた意味を逆転させるような、エキサイティングな試みでもある。

うたのしくみ 増補完全版

細馬宏通

ぴあ

2021

まさに、うたのしくみがわかる本。歌詞とメロディ、リズムなどの工夫や、それぞれの組み合わせが、聞く人にとってどのような効果を与えるのか。ユーミンやビートルズなどの聞き慣れた曲が、ああ、だからあんな情感を受けたのかとか、ああ、だから深く印象に残ったのかとか、腑に落ちる。そして、読んでからまたその曲を聞くと、まんまと乗せられていたのだなと思いつつ、でもそれもうれしかったりする。ユニゾンの持つ効果なども初めて知った。おしゃべりするように書かれた文体は、音楽への愛と情熱を読者に伝えたいという著者の思いにあふれている。

2022年6月から11月まで六本木ヒルズの森美術館で開催された『地球がまわる音を聴く』という展覧会の図録。美と傷について考えさせられる作品がたくさん。担当キュレーターの熊倉陽子さんが、環状島モデルを用いて展示作品の分析をしてくれていて、環状島の図も載っている。コロナのパンデミック以降、私たちは生き方や人とのつながり方、表現のしかたを再考させられ、それはアートとの向き合い方とも関わっている。

失われた時を求めて(全14冊)

マルセル・プルースト

吉川一義訳

岩波書店

2010〜2019

コロナ禍の行動制限の中、14ヶ月かけて読み通した。毎月のオンラインでの「時を失う読書会」があったから、なんとか最後まで行き着いたものの、何度挫折しそうになったことか。物質、記憶、感覚がないまぜになっていく記述の感じや、さまざまな別れをめぐっての内面描写が興味深かった。読書会の記録は『竹馬に乗って時を探す』という小冊子になっている。編集者の西子智さんと読書会のメンバーに感謝。



2021

豊島重之評論集 一目散

豊島重之

書肆子午線

2021

青森県八戸市を拠点に活躍し、2019年に亡くなった演出家・キュレーター・精神科医の豊島重之氏の評論集。疾走する文章が、美しい本の装幀によって包み込まれている。人が生まれて、生きて、亡くなるまでにどれほどのことをなしうるのか、どのような関係を周囲の人々とつむぎ、どのような影響を社会に残していくのか。青森県立美術館での東日本大震災10年企画展あかしtestamentsと、2021年12月19日のダンス+トーク・イベントに立ち会うことができたのは僥倖だった。

社会的養護を必要とする子どもたちへの支援において、子どもたちの声がいかに聞かれずにいるのか。しかもそれがなぜ「最善の利益」の名の下でしばしば正当化されてしまうのか。分析に、私のつくった環状島モデルをふんだんに使っていただいて、びっくりしたが光栄でもあった。支援現場だけでなく社会全体に子どもたちの声が届くよう、役立ってほしいと切に願う。

性暴力を受けた時、被害者が「なぜ逃げなかったのか」を問われることは多いし、被害者自身が「なぜ逃げられなかったのか」と自分を責めることも多い。けれど「逃げなかった」のではなく「逃げられなかったのだ」ということが、ようやく理解されつつある。特に、大阪高等検察庁検事の田中嘉寿子氏による論考は必読。

砂と人類

ヴィンス・バイザー

草思社

2020

砂について興味を持ったことはなかったが、この本を読んで、砂をめぐる循環や流通・消費は、現代社会の骨格を形作っていることに気づかされた。ビルもダムも舗装された道路も、砂がなければできない。車中心の社会が成立するには舗装された道路が必要だし、道を舗装するにはコンクリートやアスファルトの元となる砂を道のすみずみまで運ぶ車が必要だ。そして電子機器にも特殊な砂が必要とされる。環境問題で水や大気について関心を持つ人は多いと思うが、海底から大量の砂が採掘されていること、砂浜が世界のあちこちで消えつつあることを知っている人はどれくらいいるのだろう。

サバイバルする皮膚

傳田光洋

河出書房新社

2021

触覚や皮膚がいかに重要かは、わかっていたつもりだったが、この本を読んでますますその思いを強くした。表皮を形成する細胞、ケラチノサイトには情報伝達物質や免疫物質、ホルモンを生み出す機能があるという。全身のケラチノサイトの数は約1000億で、それぞれがセンサー機能を持っている。脳神経系を中心に捉える人間観がくつがえされる。